【コラム】110円CDコーナーのすすめ

 

はじめに ~110円CDコーナーのすすめ~

今もっとも堀るのが熱いコーナーはどこですか?と尋ねられたなら、こう答えるでしょう。

「110円CDコーナーです」と……。

近年の音楽ブームと言えば、若い人もサブスクの次に手を伸ばしたくなるアナログレコード、もしくは一歩踏み込んでカセットテープに焦点が当てられがちだと思います。
高騰するシティポップのLP、コアな蒐集家が落手するアンビエントのカセット。名盤が堀つくされて、その一歩先も堀り尽くされて。
自分自身で未知の音源を発見
するという本来の意味でのDigは、様々な意味でハードルが高くなっています。

そんな状況の現在、フィジカルで音源を掘る愉しみは一体どこに残っているのでしょうか。
その回答の一つが、最初の一文です。
本コラムでは110円CDの楽しみ方、もとい遊び方について、三つの角度から提案してみたいと思います。

 

1. 過去の名作と出会う

中古CDの廉価コーナーとは、”勝者の墓場”である。
一体誰がそう呼んだのかは分かりませんが、決して間違ってはいないと思います。最初にそのCDを買う人がいたからこそ、流れ流れて落ち着いたのですから。名作ともなればその数が多くなるのは当然で、人新世ではありませんが、特定の時代の記録が地層となって露呈しているわけです。

サブスクが主流になる以前の、90年代以降・10年代以前をCD時代と考えれば、おおよそ30年分の歳月の間に生まれた人気盤・名作がサルベージ可能。

ブリットポップ
グランジ
ポップパンク
ミクスチャー
ヘヴィロック
ニュースクール
ネオソウル
ビッグビート
エレクトロクラッシュ
ニューレイヴ
渋谷系
スウェディッシュポップ
下北系
EDM
etc。

今挙げたのは普段110円コーナーを廻っていてよく見かけるジャンルです。
もっと言うなら、千円札を握りしめれば最大9個のジャンルの名盤を手元に置ける、ということです。

いつでもどこでも – 文化の場として

ちょっとシミュレーションしてみましょう。今、脳内で9枚買ってきました。

The Beatles / 1
Earth, Wind & Fire / Greatest Hits
Buena Vista Social Club / S.T. 
Nirvana / Nevermind
Daft Punk / Discovery
Erykah Badu / Baduizm
山下達郎 / Artisan
宇多田ヒカル / Heart Station
くるり / ワルツを踊れ


数か所のお店の110円コーナーで見かけたものからピックアップしてみました。いかがでしょう。
「あの名盤が110円なの!?聴けない
傷があるとか、そういうことかしら…。」
普段から中古CDを積極的に掘っていなければ、そう疑問に思う方もいらっしゃるかも知れません。
しかし、訳ありでこの価格ということもなく、一般的な相場でそうなのです。
コストパフォーマンスという言葉は苦手ですが、行けばこれだけの釣果を得られるスポットはそう多くはないはず。


良い音楽をいつどこでも手が出せる価格で。
そのことは、図書館で名著にアクセスできるのと同様、文化といって差支えないと思います。

 

2. 有名アーティストの「定番以外」に挑戦する

110円という安さであれば、宝くじのようにギャンブル感覚で冒険することだって可能なのです。とはいえ、ジャケ買いならジャケットに110円出したと思えるけれど、特に魅かれるジャケットがそう簡単に見つかるわけもないし……。
冒険するにしても特に買う当てもなく。
そんなときは、有名アーティストの定番以外の作品に挑戦してみるのもまた一興ではないでしょうか。

相対化するリスニング – 過去の「ナシ」は今の「アリ」

長いキャリアのアーティストであれば、音楽スタイルにも自然と幅が出てきます。
今までとは違うスタイルを模索して。ときには流行りに乗っかり。場合によっては”迷走期”と呼ばれているかも知れません。
しかし、そうした作品群も敢えて聴き直してみると、今の耳でなら鮮やかに蘇ることも少なくないもの。

先程、CDの時代は30年の歳月を含むと書きましたが、それだけの幅があれば、当時とは全く異なる感性で作品が捉えられても不思議でない時間が経っているのですから(シティポップも80年代のデジタルな音は嘗ては「ナシ」だったのに、今は「むしろアリ」に転化しました)。

例えば、2003年のMetallica「St.Anger」。スラッシュメタルからかけ離れたゆえにか駄作扱いされがちですが、音のテクスチャにフォーカスするリスナーからすれば異様に生っぽいスネアドラムが実に刺激的です。

あるいは、1995年の久石譲「Melody Blvd.」。ジブリ・ジャズの出現を待つこともなく、自らの手でジブリ音楽をコテコテのブラコン~R&Bアレンジで調理してしまったのも時代のなせる業。今なら存外聴ける珍盤(かも)。

こんな風に違う角度から聴き直しているうちに作品の価値が(ポジティブにもネガティブにも、ですが)揺さぶられ転倒したり、ボタンのかけ違いを直していたらアーティストの意図も越えたところでぴたりとはまってしまった、なんていうのも面白いです。こんな実験にトライできるのも、見向きされなかったCDが集まりやすく、底値で提供される110円コーナーだからこそ。

 

3. 評価の定まっていない「謎盤」を探す

”勝者の墓場”ではなく、”名もなき者たちのヴァルハラ”としての。
すなわち、ネットにもほとんど情報のない/完全に詳細不明という詠み人知らずのCDたちにとって、最終的なセーフティ・ネットとして機能するのも110円CD(や330円~550円の価格帯含む廉価)コーナーです。

相場も分からないから、ひとまず廉価の棚へ……。データベースから零れ落ちたそんな不遇の音源の数々をつかみ取りして、未だに光を浴びていない秘宝を掘り当てる。生粋のディガーにとっては、狩場のフロンティアここにあり、といった感じでしょうか。

謎盤の鉱脈 – オブスキュア・シティポップを例に

廉価コーナーで自分にとっての刺激的な「未知」を採掘する。それはどういったことなのか。実例の一つとして、主に90年代以降の埋もれたシティポップ=オブスキュア・シティポップの話を取り上げてみたいと思います。

シティポップの主な時代と言えば70~80年代というレコード全盛期ですが、バブル崩壊の90年代を境に、リゾート、摩天楼、シーサイド…な享楽の世界はめっきり姿を見せなくなります。
ではそんなにも唐突に、跡形もなく消えたかと言えばそんなことはなく、イカ天のバンドブームや渋谷系、TKサウンド、ビーイングなどの隆盛に隠れつつ、絶対数こそ80年代より減ったもののシティポップ的な音楽のリリースは存在していました。

特に顧みられることのなかった90年代以降のシティポップ的CDは、忘却されるとともに情報の少ないまま必然的に廉価コーナーに流れ着いていたのですが、それこそが鉱脈と見込んで掘る人が水面下で増えていったのは恐らく10年代後半からでしょうか。
音楽ライターの金澤寿和氏の提唱したライトメロウの概念を踏まえてCD期シティポップを専門に掘るコレクティブ〈lightmellowbu〉も現れ、遂にレコード・コレクターズでも触れられるに至りました。


結果、暗黒大陸だった本分野もある程度の作品の評価付けが進み、かつては110円で拾えた(アマゾンのマーケットプレイスで1円だったような)CDが一時は1万円超えするという、近年の山下達郎「FOR YOU」のアナログ盤もかくやの価値の転倒っぷりがあったのです。

まだまだ未踏のCDの世界

パワーストーンの会社の通販商品に付属していたスピリチュアルなニューエイジCD。

2000年代のダイソーで販売されていたチープなフュージョン。

運動会・おゆうぎ会用CDに潜んでいたバキバキのテクノポップ。

どこぞの会社の社長が吹き込んだいなたいラテンポップ。

著作権のレッドゾーンど真ん中な「Virtual Insanity」のパチモン。

ドラマCDの幕間に突然現れた実験的ニューウェーブ。

有名シンガーのバックでパーカッションを叩いていた人がブラジルで録った自主制作盤。

オブスキュア・シティポップはほんの一例。今挙げたような珍盤・迷盤の類の伏魔殿なのが廉価コーナーです。
何を以って刺激的なのかは各リスナーで違いますが、それでもDIGの進んだレコードだとそう簡単に出会えない謎盤は、CDでならまだまだ転がっている可能性があるのです。



さて、大きく三つの遊び方を提案してきましたが、他にも110円CDコーナーを活かす視点があるかもしれません。

自由度の高い部分と低い部分。それを決める自分の価値観と、逆に価値観を転覆させられるかも知れない出会い。ディスク本体やケース、アートワークの単純にモノとしての強度。etc。

好奇心を満たす場所として、多くの方が自分なりのDIGを見出すようになったらとても面白いんじゃないかなと思っています。本コラムがその一助になりましたらこれ幸いです。
ここまでお目通し頂きありがとうございました。

p.s.
ミュージックファーストの110円CDコーナーもオススメです。名盤・謎盤をぜひ掘りにお越しくださいませ。

(執筆:A.K.)